編集にあたって

 ペットとして飼われている犬の死因は、1位ががん、2位が心臓病です(ペット葬儀社調べ)。そして心臓病の中で、もっとも発症率の高い病気が「僧帽弁閉鎖不全症」です。
「僧帽弁閉鎖不全症」とは、心臓の中にある弁がもろくなり、血液循環が悪くなることで心臓が弱ってしまう病気です。小型犬の発症率が高く、特にチワワ、マルチーズ、ポメラニアン、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルでは、6歳を超えると急激に罹患率があがります。
 
 治療方法には投薬と手術があります。投薬はあくまでも病気の進行を抑え、症状を緩和するだけのものです。すでに症状が出てしまっているペットの場合、投薬治療だけでは9カ月後の生存率はたったの50%しかないというデータが出ています。根本的な治療は外科的手術以外にはないのです。
 
 しかし残念なことに、実はほとんどの獣医師がこの病気に対する手術を行っていません。
「僧帽弁閉鎖不全症」と診断した場合、大半の獣医師は飼い主に対して「投薬以外、治療方法はない」と説明します。藁にもすがる気持ちの飼い主は、何の疑いもなくペットの投薬治療を続けることになるでしょう。
 
 結果として、この病気の特徴である肺水腫を繰り返し、呼吸困難を何度も経験。症状が重い時には、入院させるか、酸素室を自宅にレンタルする必要も出てきます。「僧帽弁閉鎖不全症」の投薬治療は、ペットの病気と向き合う心の痛みだけでなく、治療を続けるための金銭面でも大きな負担がともなうのです。
 
 では、ペットが「僧帽弁閉鎖不全症」と診断されたら、飼い主はいったいどうしたらいいのでしょうか。
 
 私は日本の大学院で学んだあと、アメリカのハーバード大学医学部付属の霊長類研究所に留学をしました。世界トップレベルの医学研究が行われている中で、動物の循環器について深く学び、帰国後は日本の大学で臨床医をしながら、心臓手術に携わり経験を重ねました。現在、私の病院では「僧帽弁閉鎖不全症」の手術を月に10〜12件行い、術後約6年の生存率において9割以上という実績を残しています。
 
 今までの経験から確信しているのは、かかりつけ獣医師以外の獣医師からのアドバイスが必要な時もあるということです。「僧帽弁閉鎖不全症」と診断された時点で、いち早く心臓専門の獣医に相談することで、病気から愛する愛犬の命を救うこともできるのです。まだまだ「僧帽弁閉鎖不全症」の手術を的確に行える医療機関は限られていますが、実績のある専門医は確実に存在しています。
 
 本書では「僧帽弁閉鎖不全症」を含む犬の心臓病の解説と、「僧帽弁閉鎖不全症」の治療ノウハウをわかりやすく記しました。愛犬が「僧帽弁閉鎖不全症」と診断された飼い主が治療方法を選択するにあたって、本書がお役に立てればこれに勝る喜びはありません。
 
本書を最後までお読みくださりありがとうございました。
 
 ペットとして飼い主とともに暮らす犬や猫は、動物医療の進歩にともない年々寿命を延ばしています。2015年現在、小型犬の平均寿命は15歳とも16歳ともいわれています。
寿命が延びれば、高齢のペットが増えるわけですから、病気にかかることも多くなります。
「僧帽弁閉鎖不全症」の発症は6歳から徐々に増え始めます。肺水腫など深刻な症状をみせるのは8〜10歳がもっとも多いというのが私の印象です。そこから投薬治療を開始した場合、平均生存期間は約8カ月といわれています。
 
 平均寿命までまだ5年以上あります。人間でいえば10歳は55歳程度、命の期限をつきつけられるには早すぎます。
 
 この本の中で紹介した通り、「僧帽弁閉鎖不全症」は手術が可能な病気です。以前は不可能といわれていた超小型犬でも、私のセンターでは高い手術成績を残し続けています。
手術で僧帽弁を修復できれば、寿命はもとの健康な時にリセットできることは、本書でお伝えした通りです。
 
 本書では、手術を選ぶのか投薬治療で延命するのかを飼い主がご自身で選択できるように、さまざまな角度から指針をご説明しました。
 
 今まさに、愛犬が「僧帽弁閉鎖不全症」と診断され、深い悲しみの中にいらっしゃる飼い主にとって、本書が希望の光を見出すきっかけになったとしたら、著者としてこれに勝るものはありません。
 
 全国レベルでみても、犬の「僧帽弁閉鎖不全症」の手術をコンスタントに行っている医療機関は限られています。しかし、私はそれでいいのではないかと感じています。手術には高い技術と、長年の経験を要します。また執刀医だけでなく、数名の獣医師、看護師によるチーム医療が求められます。
 
 高度な手術に対応する施設を国内にいくつもつくるより、全国で2カ所程度に絞って質の高い手術を提供できる施設を育てることの方が、日本の獣医療には向いていると考えています。
 
 今後、私がセンター長を務めるJASMINEどうぶつ循環器病センターでは、さらなる心臓手術の進化を目指し、人工弁の開発や心臓病の病態解明にも取り組んでいくつもりです。
 
 そして、より安全で完成度の高い手術によって、心臓病で苦しむ多くの愛犬と飼い主に笑顔を取り戻していただくこと。それが私たちJASMINEどうぶつ循環器病センター チームスタッフの何よりの願いであり目標です。
 
 本書の作成にあたり、グリーフケアについてお話をくださった阿部美奈子先生に感謝申し上げます。阿部先生には動物の目で見えるもの、動物の心が感じていることを、私自身もたくさん教えていただいています。この場をかりて、彼女のグリーフケア活動に心より敬意を表したいと思います。
 
 最後になりましたが、つらかった闘病生活のお話を公開くださった3名の飼い主さんにも感謝いたします。ありがとうございました。
 
 ミロちゃんの飼い主は、インタビューの最後にこんなことをおっしゃっていました。
 
 「ミロの手術以降、毎日『今日も私は幸せだ』と実感しながら生きています。以前は、アクシデントでもない限り、幸せだとか不幸せだとか考えながら過ごしてはいませんでした。でも、ミロとの優しい時間を再開することができた私には、1日1日がとても愛おしく、充実したものに感じられるようになりました。ミロが病気を乗り越え、私に生きることの素晴らしさを教えてくれたのです。先生、ミロを助けてくださり本当にありがとう」
 
 手術をしたご家族には、みなさんこのようなエピソードや後日談があり、お手紙やメールでお知らせくださる方もいらっしゃいます。こうした飼い主からのメッセージが、どれだけ私たち医療スタッフの心を癒し、治療に向けるパワーをアップさせてくれたかわかりません。今まで私のもとを訪れてくださった、すべての動物と飼い主さんに、心から感謝の意を表して「おわりに」の言葉とさせていただきます。
 
上地正実
JASMINE どうぶつ循環器病センター


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