第4章、食事、運動、生活──
飼い主が知っておきたい術前術後の準備とフォロー

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手術前の過ごし方〜とにかくいつも通りに〜

3章でも少し触れましたが、手術の日程が決まったら、極力普通に過ごすようにすることが大切です。手術をすると決めたということは、心臓の状態はよくないはずです。咳が激しく出ていたり、肺水腫を繰り返したりしている場合もあるでしょう。

そんな時、飼い主が、「とにかく静かにする」という行動をとってしまうことがあります。

「テレビや音楽をつけるのをやめました」「家族全員静かに過ごそうと決めました」など、手術前のご家族の様子を飼い主に伺うと、このように話す方がたくさんいます。

理由を尋ねてみれば、そのお気持ちは痛いほどわかります。

でも、愛犬の気持ちになると、実はまったくの逆効果なのです。

犬は飼い主が大好きです。飼い主が笑ってくれること、飼い主が喜んでくれることをしたいといつも思っています。ですから、いつも通りの明るく楽しい飼い主でいてくれることが、いちばん体調に良い影響を与えるのです。

もちろん、散歩に行ったり走り回ったりは御法度ですが、普段のご家庭の生活音や人の声、におい、窓から吹き込む風、そういったいつもと同じ環境が愛犬を安心させることになるのです。

音楽を止めた、テレビを消した、しゃべらないようにした。そうおっしゃる飼い主は、その時、きっと眉間にシワを寄せていたはずです。かわいそうな愛犬を思い、嘆き、悲しむ表情をされていたでしょう。

その表情で、「大丈夫?」「苦しいね」「かわってあげたいわ」などと、ネガティブな台詞のオンパレードを続けていると、実は犬はますます緊張状態になってしまうのです。

ですから、手術日が決まったら、極力いつも通りを心がけてください。リラックスさせてあげることが飼い主のつとめです。

食事も普段と同じものをあげてください。その方が胃腸への負担を考えても適切です。いつもはあげないような特別なおやつや、人間の食べ物を与えてしまう飼い主が時々いらっしゃいますが、塩分や脂肪分の多い食べ物で手術前に肺水腫や下痢を起こしてしまうことがあります。手術前の肺水腫は肺の炎症をともなうため、手術時や麻酔覚醒時に呼吸状態が安定しないことがあります。また、下痢を起こした場合は膵炎や腸炎が長引いてしまうことがあります。手術時や回復期のことを考えるといつも通りで体調に大きな変化のない状態で手術に臨むことがベストです。

手術前になると緊張から何かやれることがないかと考えてしまうことがあります。しかし過剰な反応は体調の変化をもたらすことがあるので、ぐっとこらえていつもの家族で過ごすことが最もよいことだと思います。そのうえで肺水腫や心不全の症状がみられないかを注意深く観察することが大事です。せっかく手術で元気になれるまであと少しなのですから、どうぞ体調を見守る体制を工夫してあげましょう。

手術室に入る愛犬に贈るメッセージ

いよいよ処置室に入室する時間になりましたら、ここでもいつも通りを心がけてください。飼い主の緊張は、そのまま愛犬に伝わります。

担当の愛玩動物看護師が待合室までお迎えにいきます。愛玩動物看護師は無条件に動物が好きな人物ばかりです。動物は自分のことを好きな相手がわかります。ですから当センターの愛玩動物看護師に、たいていの犬が身をゆだねてくれます。

動物病院でありがちな「はい、順番ですよ」と、飼い主から奪うように処置室へ連れて行くようなことはしません。まず声をかけ、ゆっくり心を通わせます。ある程度落ち着いた状態で入室してもらうようにしています。

しかし、問題はこの時の飼い主の表情や声かけです。

「怖いね」「痛くないからね」といった言葉は、応援しているようで、悪くない言葉に思えますか?これらの言葉を話す時、飼い主の心の中は、「大丈夫かしら」「うまくいくかしら」「生きて帰ってきてね」そんな思いが渦巻いているのです。

不安のたくさんつまった飼い主の声は、愛犬を緊張させます。

「パパやママが悲しい顔をしているけど、僕(私)が悪いことをしたから?」と、今、この時によくないことが起きていると思い緊張するのです。

「いい子だね」「お利口さんだね」と、褒める時に使っている言葉で優しく、微笑みながら語りかけてあげてください。

飼い主が落ち着いて笑顔で送り出した手術は、いつも順調に進みます。しかし、飼い主が極端なほど緊張している場合は、飼い主の緊張の波動が動物に伝わるのか、通常では起こらないことが発生しやすい気がします。根拠はありませんし、非科学的な話ではありますが、900件の手術を行ってきた私の印象として感じていることです。

どんな環境で手術が行われたか

手術直後は点滴の管がつながっていますし、麻酔から完全に覚めていなくてボーッとした様子をみせます。飼い主からすると「かわいそう」という気持ちが生まれてしまう瞬間かもしれません。

しかし、人間だって麻酔をかけて手術を受けたあと、一瞬目が覚めたからといってすぐにシャキッ!とするわけではありません。うつらうつらまどろむようにしながら、少しずつ覚醒していくものです。

私がこのタイミングで飼い主に会っていただくのは、まず飼い主に安心していただきたいのがひとつです。人工心肺から離脱し、自分で呼吸をしている愛犬に会っていただきたいのです。

もうひとつの理由は、愛犬側の気持ちを考えてのことです。麻酔で眠らされていてはっきりとはわからないかもしれませんが、知らない場所で知らない人間がたくさんいる中、管でつながれ自由に動くこともできない。覚醒しきっていないとはいえ、愛犬の不安は募るばかりでしょう。麻酔が完全に覚醒するまでの間、ゆったりした気持ちになるためには飼い主に会ってもらうことがいちばんだと思うのです。

そして3番目の理由。それは愛犬を手術した手術室をみていただくことです。どんな設備を使って、何人くらいの人間が動いているのかをみていただくことで、飼い主の安心度が増すのではないかと考えています。

ここで当センターの手術室について、少しお話ししておきましょう。

初めてご覧になった方は、必ず驚かれるのですが、手術室は全面ガラス張りです。そのガラス張りの手術室を囲むように処置室があります。つまり、処置室から手術室の中がすべて見えるようになっています。

このセンターを設計するにあたって、もっともこだわったのがこの手術室です。最高の機器を取り揃えることもそうですが、モニターを多数設置することにもこだわりました。手術中、どのポジションのスタッフにも術中の手元映像が見えるようになっていますし、バイタルの表示されるモニターも、どのスタッフからも確認できるようにしてあります。処置室で作業するスタッフも、モニターを通して手術の進行具合を確認できるので、術後管理の準備や、次の手術にむけての準備が言葉で説明しなくても伝わるようになっています。

もちろんスタッフ側の知識が豊富でなければ、モニターを見ただけでは次に何をすべきか判断できないわけですけれど。当センターのスタッフは、全員が聡明で働き者です。自分のスタッフを手放しで褒めるのもどうかとは思いますが、気の利く連中ばかりです。

ですから、処置室に入られた飼い主は、手術室の中をくまなく眺めることができます。時には胸を縫合している最中に、処置室まで入っていただくこともあります。モニターで縫合の様子やバイタルの数字をその場で確認していただき、手術が無事に終わることをお知らせします。

手術室の話が出たので、余談ですが手術の見学について少しお伝えしておこうと思います。
「僧帽弁閉鎖不全症」の手術を月に10例以上行っている施設は、おそらく日本の中で当センターだけだと思います。私たちは循環器の高度医療に特化した診療と治療を行っているからこそ、それが実現できています。これは飼い主に手術のお話をしてくださった一次診療の先生の力が大きいと感じています。

私たちの行っている手術を理解し、飼い主にお話しくださるということは、当センターを信頼してくださっている証拠です。

ですから一次診療の先生から、私たちの手術を見学したいとお申し出いただいた際は、遠慮なく見学していただいています。もちろん、他の二次診療施設の方や、これから「僧帽弁閉鎖不全症」の手術にチャレンジしたいと考えている先生であっても歓迎しています。

私たちの手術には特別なことなどありません。小型犬に行う手術として構築されたシンプルな方法を、丁寧に、かつスピーディーに行っているだけです。ですから隠す必要はまったくなく、要望があればできる限り見学していただいています。

また、獣医大学の学生が見学にくることもあります。学生は誰もが目をキラキラさせて手術を見つめています。この中から将来、手術の名手があらわれるかもしれないと思うと、微笑ましく思えます。

面会したら、笑顔と優しい言葉かけを

麻酔から覚めきらない愛犬に会うと、少し躊躇してしまう飼い主もいらっしゃいます。でも遠慮する必要はありません。飼い主に再び会うことができて、からだはまだ自由に動かなくても、愛犬は心の中で尻尾をうんと振って喜んでいるはずです。

優しく撫でて、たくさん声を聞かせてあげてください。

「がんばったね!」

と褒めてあげるのはもちろんですが、私としては普段、愛犬を褒める時に使っているキーワードで声をかけていただきたいと思っています。

日々の生活の中で、犬に対して、「がんばったね」と声をかけることは意外に少ないのではありませんか?

それよりも、「かわいいね」「いい子だね」「お利口だね」といった、飼い主がいちばん優しい表情になれる言葉をかけてあげてください。

飼い主がいつも褒めてくれる言葉は、犬にとって、もっとも心地よい最高の精神安定剤なのです。

面会が終わると、犬はいったんICUに入ります。獣医師や愛玩動物看護師が常に監視できる体制をとっており、何か異変があればすぐに対応します。数時間後に再度面会していただくことができます。安心されて食事に出られる方もいらっしゃいますし、ずっと待合室で待ち続ける飼い主もいらっしゃいます。

そういう光景を目にした時、ここで手術を受けることのできた動物は本当に幸せだなぁと思います。よく、子どもは親を選べないという表現を使いますが、動物も飼い主を選ぶことはできないはずです。しかし、待合室で長い時間待ち続ける飼い主をみていると、動物が「この人なら自分を助けてくれる!」と飼い主を選んだように思えてなりません。

ICUでしばらく過ごすと、麻酔から完全に目覚めます。まだ元気いっぱいというわけではありませんが、意識ははっきりして目にも力がわいてきます。

ここでバイタルをチェックし、問題がなければ2回目の面会を行います。

今度ははっきり声が聞こえ、目も見えていますから、どうぞ愛犬の喜ぶ言葉かけをたくさんしてあげてください。

飼い主が帰られる時、多少クンクン鳴くこともありますが、飼い主の愛情をたっぷり感じたあとは、再びICUでリラックスしながら回復してもらいます。

手術翌日以降の面会では……

当センターでは、面会時間を特に設けていません。飼い主の都合の良い時間に予約を入れて面会をしていただくことができます。

面会には応接室を使用することもあります。ソファと小さなテーブルがあるだけの部屋ですが、病院の雰囲気とは違うイメージの空間にしてあります。犬にも飼い主にも、ここが病院だということを忘れていただき、思う存分リラックスしてもらいたいと考えています。

「ご自由に使ってください」と申し上げると、ソファを壁側に寄せて、床に愛犬の大好きなタオルやマットを敷き、一緒にゴロンと寝転がっている飼い主もいらっしゃいます。

お気に入りのおもちゃを持ち込んで遊んでいただくもよし、飼い主がソファで読書をして愛犬はお昼寝、なんていう時間の過ごし方ももちろん構いません。

今後、さらにリラックスできる空間にする工夫も考えています。

退院に向けての準備

万が一、合併症が出るとすると術後4日くらいまでなので、若くて術後の状態がいい場合、4〜5日で退院になるケースもありますが、普通は術後1週間を退院の目安にしています。

面会には毎日来ていただいてかまいません。遠方にお住まいの飼い主は当センターの近くに宿泊されて、毎日通ってくださることもあります。

さて、退院に向けて術後の愛犬を迎える準備をお願いします。

今までお家の中、すべてをフリースペースとして行き来させていた場合は、特にしっかりとした準備が必要になります。

術後1カ月間は安静が第一です。メスで切って縫合した部分は、理論上3〜4日でくっつきます。術後1週間たつと、抜糸しても開かない状態になるのが通常の手術の予後経過です。

しかし今回の手術の主役、僧帽弁は心臓の中で常に動いている存在です。しかも血圧がかかっていますから、3〜4日で完璧に治るというわけにはいきません。なるべく心臓の動きが激しくならないように注意しながら、縫合がしっかり閉じ、臓器の状態が落ち着くまで待たなければいけません。

そのために飼い主に徹底してお願いしているのは、術後2週間はできる限り安静に過ごすことです。できればケージ内で過ごすのが理想です。ハウスのまわりをサークルなどで囲み、狭いその空間だけを自由に動き回れるスペースにしてもいいでしょう。

飼い主の膝の上に抱く時や、横に座らせてくつろぐような場面では、飼い主のいる場所そのものを何かで囲むようにして、万が一愛犬が動き出した時に、勝手に部屋の中を走り回れないようにしてください。

ソファに飛び乗ったり、飛び降りたりすることも禁止です。遊んであげる時も、興奮するような遊び方は避けてください。マッサージをしてあげる程度がよいでしょう。

走り回れば心臓の鼓動は速くなります。鼓動が速くなれば僧帽弁の動く回数は増えます。縫合した場所にかかる血圧も高くなります。

丁寧に慎重に縫合した切開面が、激しい心臓の動きではがれてしまったら……僧帽弁を支えるための腱索がわりに縫い付けたゴアテックスが引っ張られ、弁が切れたり伸びてしまったりしたら……(ちなみに、ゴアテックスの糸は6回縛って止めてあります。運動したことで糸がはずれることはありません)。

安静が大事な理由はおわかりいただけますよね。

術後2週間を過ぎたら、囲むサークルのスペースを少しずつ広げてあげますが、段差のある場所は除きます。2階建てや3階建てのご家庭では、階段の上り下りは絶対にさせてはいけません。

1カ月間はとにかく安静。間違ってもリードをつけて散歩に行くようなことはしないでください。外に連れ出すのであれば、抱っこやバギーで。外の空気を吸ってリフレッシュするのはかまいません。

なぜ、しつこく「安静」「安静」とお伝えするかというと、飼い主が想像する以上に、退院後の愛犬は元気になっているからです。食欲もありますし、当の犬も走り回りたくて仕方ないはずです。つい1週間前まで動くことすら難しかったことを考えると、元気な姿の愛犬を自由にさせてあげたい気持ちは理解できます。

それでも、せっかく手術がうまくいったのです。いい状態を維持するためにも、1カ月間だけはがんばってください。

1カ月検診の思わぬ落とし穴

順調に回復していれば、退院後の最初の検診は術後1カ月になります。

手術前はガリガリにやせていたのに、1カ月検診ではちょっと丸くなった姿をみることが多く微笑ましい限りです。その理由は、元気になって食欲も回復した愛犬に対して、飼い主が少し甘くなってしまう傾向があるからだと私は分析しています。伺ってみると今までのドッグフードではなく、特別なフードや手作り食に変える方もいるようです。

ご家族が多ければ多いほど丸くなる率が大きいのは、ご家族のみなさんが順番においしいものを与えてしまっているのかもしれません。

1カ月検診ではある程度丸くなっていることは喜ばしいので笑ってすませることができます。でも必ずお伝えするのは、「今後、このペースで太ってしまうと、別の形で心臓に負担がかかることもあります。これ以上は丸くさせないでください」とお願いしています。

人間でもそうですが、標準的な体重より重くなると、からだの各所に負担がかかります。特に当センターで手術するのは超小型犬がほとんどです。肥満になると内臓だけでなく、細い四肢にも悪い影響が出てしまいかねません。

そうお話しすると、賢い飼い主たちは次の検診までに食生活を改めてくださいます。

体重はともかく、1カ月検診を行うと、検査結果の数値が悪くなっているケースが時々みられます。退院時の数値が非常によかったにもかかわらず、心臓が少し大きくなっていたり、逆流の量が増えていたりするのです。

そういう時は、こちらから質問させていただきます。

「散歩はさせていませんよね?」
「走らせたりジャンプさせたりしていませんよね?」

飼い主は「していません」とおっしゃいます。

それはそれで信じる以外ないのですが、退院時に問題がなかった弁がずれてしまっていることもあるので、状況的にはかなり危険です。

もし、激しい運動をさせていないとしたら、手術がうまくいかなかったのでしょうか?そうではありません。手術直後の検査で逆流が軽減され、心雑音も消えていることが確認できているのですから。

「先生、ドッグランに連れて行きました」

と衝撃的な報告を正直にしてくださった飼い主もいらっしゃいました。こちらとしては言葉を失うほどの驚きなのですが、飼い主からすると、「ドッグランにいけるほど元気になってくれて嬉しいです!」という前向きな気持ちから報告してくださったのでしょう。

飼い主の笑顔の告白のあとに、私の方から、「状態が悪くなっています。このままでは再手術になります」という宣告をしなければならないほど切ないことはありません。

ですから術後1カ月は、どんなに元気であっても「安静」第一をよろしくお願いします。
投薬治療を選択した時に気をつけるべき日常のこと、術前術後に気をつけていただきたいことをお話ししてきましたが、もし、手術をせず、投薬治療を選択された場合の日々の生活についてもお伝えしておこうと思います。

「僧帽弁閉鎖不全症」のステージは今、どこにあたりますか?

必ずかかりつけの先生に、検査のたびに確認してください。ステージごとに注意点をあげていきます。なお、ステージAに関しては、症状のないケースですので省きます。

《ステージB1》
定期検診など、獣医師に聴診器をあてて心音を聞いてもらった時に、心雑音を指摘されたケースが多いと思います。

通常、薬は処方されません。しかし定期的にレントゲンをとり、心臓の大きさをチェックしてもらう必要があります。

ご家庭では、激しいスポーツは避けるようにした方がいいでしょう。ドッグスポーツをされていたとしたら、残念ですが中止すべきでしょう。普段の散歩程度はかまいませんが、競争するように速く走ることは、心臓への負担がとても大きくなるからです。

また2章の行動①で示したような「飼い主にできるチェック方法」を1週間に1度くらいは行っておきましょう。呼吸数や脈拍は、毎回決まった時間に同じような姿勢で計測できると理想的です。必ず記録に残し、次の検診の時に持って行きましょう。

《ステージB2》
心雑音があり、レントゲンを撮ると心臓の左側が大きくなっていることが確認できます。少しでも疲れやすいなどの徴候があれば、血管拡張薬(ACE阻害薬)が処方されることがあります。血管拡張薬は心臓から送られる血液の循環を改善して心臓の負担を軽くします。元気いっぱいな犬や、興奮しやすい犬であれば、心臓への負担が大きいと判断されますので、早めの投薬を開始するケースが多くなります。

言い換えると、元気のいい愛犬、性格的に興奮しやすい愛犬は注意が必要だということです。思い当たる飼い主は、日常生活の中で興奮するような環境を避けることが大切になります。

ステージBでは心不全が起きていないことが条件ですが、咳が出始めることはあります。肺水腫に至っている場合は、利尿薬や強心薬が必要になりますが、肺水腫を起こしていない場合は咳止めの薬を使うこともあります。

遊ぶ時にも興奮させすぎない、ドッグランなど激しく走るような場所には行かないなど、心臓に負担をかけない生活を心がけてください。また、ステージB1と同様に、2章の行動①「飼い主にできるチェック方法」を定期的に行い、記録をつけておきましょう。

《ステージC》
最近、ステージCをC1、C2、C3と分類する考え方が浸透してきました。海外の先生が提唱しているもので、エビデンスが整っているものではありません。しかしステージCは症状の幅が広いので、飼い主にとってはこの分類ごとに説明した方がわかりやすいかと思います。

《ステージC1》
過去に心不全を起こしているが、投薬や入院によって治療し、現在は心不全のない状態です。飼い主は一度、愛犬が苦しむ心不全の様子を見ているはずなので、注意深く過ごしてくださっているはずです。

心不全を起こした時に使った薬によって、安定させるために使う薬の種類や量は少しずつ違います。

生活面では疲れやすいので、無理は絶対にさせません。散歩に行くのであれば、暑すぎず寒すぎない時間帯を選び、ゆっくり短い時間で終わらせます。愛犬にリードを見せても喜ばなければ、散歩は中止にするべきです。

咳がひどく、苦しそうな時にはかかりつけ医の指示にしたがって薬を調整してもらいましょう。

再び心不全を起こす可能性は十分にあります。シャンプーやトリミングは犬にとって疲れるものです。調子の悪そうな時は行わないようにしましょう。

《ステージC2》
現在、軽い心不全を起こしている状態です。この状態を慢性心不全と呼びます。ACE阻害薬、利尿薬、強心薬を使って状態を安定させながら、在宅で治療を行います。

飼い主にとっては咳込みが激しい中で、薬を確実に飲ませることが大きなプレッシャーになることが多いようです。突然発作(急性心不全)を起こすことがあるので、酸素室(酸素ハウス、酸素ルームなどとも呼びます)をレンタルするように指示が出ることもあります。酸素室はプラスチックなどでつくられた透明の犬が入る部屋と、酸素ボンベの役割をする機械部分にわかれています。

犬の大きさにもよりますが、1カ月レンタルすると諸経費を含め2万円くらいが相場のようです。いざという時に慌てないためにも用意しておくと安心です。

《ステージC3》
急性心不全を起こしています。入院治療が必要な状態といえます。利尿薬の量を調整しながら、心臓だけでなく他の臓器の状態もみながら投薬します。利尿薬を使っているので、腎臓の調子は特に注意してみていく必要があります。入院先の病院では酸素室に入り、常に管理が必要です。もし手術を決断するのであれば、この時期までが術後経過を期待できるラストチャンスだと考えてください。

飼い主にできることは、退院できることを願い、ご家庭での看護の準備をしておくことです。場合によっては酸素室のレンタルを指示されるかもしれません。

《ステージD》
投薬での治療では効果が十分にあらわれなくなった重篤な心不全の状態です。常に管理が必要だと判断されれば入院ですが、自宅でご家族が見守る態勢ができていれば酸素室を用意して自宅療養となります。

利尿薬や心拍出量を増やすドブタミンという薬を使用します。不整脈があれば、状態はかなり悪いと考えられます。どの薬を、どのタイミングで使うかなどの判断には、循環器の専門知識が求められます。いずれにしてもステージDになってしまうと、少しよくなったところでステージCとDを繰り返すことになります。

この段階で手術に切り替える場合は、リスクについてご家族間、獣医師と飼い主の間で十分すぎるほどの話し合いが必要です。また、急性心不全や肺水腫を起こしている瞬間は手術に向きません。手術をする場合は、危険な症状がおさまるのを待ってからとなります。

飼い主にできることは、とにかく愛犬が楽しい、嬉しいと思うことをしてあげることです。以前旅行した思い出のある場所に行ってみる、愛犬のお気に入りの散歩コースを抱っこで歩いてあげる、ご家族の楽しい笑い声を聞かせてあげるなど、幸せな気持ちになれるように工夫してあげてください。

投薬治療にかかる費用、手術にかかる費用

ここまで読み進めても、手術には抵抗があるという飼い主もいらっしゃることでしょう。その気持ちは、とてもよくわかります。

人間の子どもであれば、何が何でも手術をして治そうとご家族は考えるはずです。

でも、今回の手術対象は犬です。動物です。飼い主がどれだけ愛情をもっていても、世間からみれば、所詮「犬」という表現をされてしまうかもしれません。

私のところで手術をされた飼い主の中にも、「犬にそんなにお金をかけて手術をするなんて」と非難を受けたという方がいらっしゃいました。

手術の金額だけをみたら、そう思われてしまうのも仕方ないかもしれません。
しかし、もし投薬治療を選択したら、治療にはどれくらいの金額が必要になると思いますか?

動物病院の代金は、病院ごとに大きな差があり一概には試算できませんが、平均的な数値で計算してみることにしましょう。

通院は月に1回。検査は2カ月に1回。薬は適宜いただくとして、年間トータル60万円程度の出費になるようです。これに加えて、酸素室をレンタルすれば、月に約1〜2万円、入院することがあればさらに金額は上乗せです。

2年間投薬治療を続けると軽く120万円は超えるでしょう。入院を繰り返せば150万円前後になるかもしれません。

病気の治療を金額で天秤にかけるのは私の意に沿いませんし、実際に手術をされた飼い主にも失礼だとは思います。しかし、「犬に高額の手術なんて」とおっしゃる方に事実をお伝えしておきたかったので、補足させていただきました。