僧帽弁修復術

JASMINE

僧帽弁形成術の手術成績と術式

 1.当院での僧帽弁修復術 〜適応と実際の臨床例〜

手術の適応と術前検査
 JASMINE 動物循環器病センターでは、僧帽弁閉鎖不全症に対して手術を行っております。手術に際して以下の検査を実施しております。
 


心臓超音波検査

心臓超音波検査では、左心房、左心室の大きさと心臓の動き、腱索の断裂の有無、僧帽弁の中隔尖および壁側尖の接合の状態(弁の閉じ具合)、三尖弁逆流速値の測定値を評価しております。心臓機能評価は、僧帽弁閉鎖不全があるために正しく評価することは難しいため、特に心臓形態と腎臓機能を慎重に評価しています。心臓の各心房心室の拡大具合を評価することにより、心機能を反映する要素としてのうっ血の程度を推察しています。また、肺高血圧症も右心系拡大の原因として考えられ、術中および術後の回復や投薬計画を立てるために評価しています。
 

心電図

心電図においては不整脈の有無を評価しております。
 

レントゲン検査

胸部レントゲン写真では、心臓の大きさ、肺水腫の有無、肺血管系の評価、肺野全体の評価を評価しております。また、腹部レントゲン写真で腫瘍性の所見がないかを確認しております。
 

血液検査

血液検査においては、全血球計算値、血液生化学検査値を標準的に評価しております。ANPおよびNt-ProBNPの測定値を評価することもあります。
 

腎機能検査

腎機能検査としてイヌリンクリアランス検査および尿中蛋白測定も行うことがあります。
僧帽弁閉鎖不全症による心不全を除く他の併発症に関しては、特に腎臓疾患、内分泌疾患、消化器疾患に注意を要します。腎臓疾患は、ループ利尿剤による腎前性の高窒素血症や慢性腎臓病の評価をする必要があり、手術前後にイヌリンクリアランスを行って腎機能を精査必要があります。僧帽弁修復術後は腎機能が徐々に回復することが多いが、点滴を継続しなければいけない症例も時々みられます。
 

その他検査

 必要に応じて副腎機能検査、甲状腺機能検査を行うこともあります。内分泌疾患では、副腎機能を注視しており、副腎機能亢進症および低下症においても治療が安定していることが望ましいです。消化器疾患においては、下痢ならびに膵炎の有無を注視しており、いずれにしても治療に反応している必要があります。凝固系の異常も手術結果に大きく影響するので慎重を要します。
 

僧帽弁修復術

 これらの検査結果をもとに手術中に起こりうる問題点や術後の合併症との可能性を考慮して手術後経過の予測を立てております。
 数年前にはキャバリア・キングチャールズ・スパニエルにおける僧帽弁修復術の成績が他に比較して悪いとの印象を持っていましたが、実際には重度に心拡大した時点で手術を実施することが多いことが原因であったと考えられました。拡張型心筋症のような所見を示す場合は手術適応を慎重に考えるべきです。したがって、心臓が重度に拡大するまえに僧帽弁修復術を行うことが望ましいと考えられております。
 僧帽弁修復術が必要な症例の中には、救急か準救急の状態で問い合わせが来ることがあります。実際に手術を希望して来院する症例の中には酸素ケージに入ったまま来院し、酸素ケージから麻酔導入されることもあります。その症例の循環不全および呼吸不全が僧帽弁閉鎖不全症によるものであることが確認されれば手術適応症であります。つまり、腱索断裂等による急性あるいは急性増悪期の僧帽弁逆流であれば循環器の検査結果がどうであっても手術の適応と考えております。ただし、肺水腫が存在している場合は麻酔覚醒時の呼吸が不安定になることが多いため、肺水腫を治療し状態が安定してから手術に臨むべきであると考えております。
 

僧帽弁修復術の実際

 これまでに僧帽弁修復術を800例あまり行ってきております。体重は1.3 kgから56 kgと幅広く、2–6 kg程度の症例が最も多くなっております。犬種はさまざまであり、近年は特にチワワが多い。これに対してキャバリア・キングチャールズ・スパニエルは減少傾向にあります。以前はキャバリア・キングチャールズ・スパニエルは重度の心不全の子達が多く、術後成績は他の犬種に比較して悪い印象を持っていたのだが、中等度の心不全の状態で手術に臨めば他の犬種とほぼ同じ成績であることが明らかとなってきております。重度に心拡大した症例においてはいずれの犬種においても成績は悪い傾向にあります。キャバリア・キングチャールズ・スパニエルは重度の心拡大を起こした状態で手術を行うことが多かったため、術後の回復が悪かったと考えられます。 
 僧帽弁修復術の前には経食道心臓超音波検査において僧帽弁の観察を行っております。腱索の断裂が明らかな症例もいるが不明瞭な症例もおります。実際に開心してから観察してみると全体の8割近くが腱索の断裂および伸張で、残りが腱索の伸張のみであります。いずれの場合においても僧帽弁修復術の術式に変更はなく、腱索の再建術と弁輪縫縮術であります。手術時間は、麻酔準備・導入に1時間、開胸まで約15分、体外循環時間約2時間(心停止時間約1時間)、麻酔覚醒時間2-3時間であり、全行程で5-7時間を要します。
 

2.術式と予後について
スタッフ人数と役割

 JASMINE動物循環器病センターでは、通常8名体制で手術を行っております。その内訳は、麻酔医1名、執刀医1名、助手1名、器具助手2名、体外循環担当1名、記録看護士1名、外回り看護士1名であります。どの担当もトレーニングが必要であり、獣医師は少なくとも3年以上の経験を必要とします。我々のセンターでは各役割を誰もできるようにローテーションでトレーニングを行いながら周術期全体を全員で監視できる体制を築いております。
 人工心肺を用いた体外循環は僧帽弁修復術に欠かせないものであります。体外循環ポンプはローラーポンプを用いており、人工肺と体外循環回路と接続します。冷温水装置も必要であり、熱交換器を通じて体温調整を行います。
 

麻酔

 麻酔は、前投与としてアトロピンを筋肉内投与し、ミダゾラム、鎮痛剤としてフェンタニルを静脈内投与します。抗生物質は挿管前にセファゾリンを静脈内投与し、その後は8時間毎に同量を投与する。麻酔導入はケタミンにてお行い、気管チューブ挿管後イソフルランにて維持します。麻酔中のモニターは、心電図、SpO2、end-tidal CO2、イソフルラン濃度、直腸温、食道温、尿量について行います。大腿動脈ならびに大腿静脈に血圧測定用カテーテルを留置し動脈圧、静脈圧を経時的に記録します。人工呼吸器を用いて100%酸素下にて換気し、イソフルラン濃度は1.8~2.0%で維持し表面冷却法によって体温を低下させます。体外循環時に血液凝固を防ぐためヘパリンを静脈内投与し、活性凝固時間 (ACT) が300秒以上に延長していることを確認してから体外循環を開始します。体外循環中は人工肺からのイソフルレン吸入麻酔にて維持します。
 

僧帽弁修復術の実際

 人工心肺装置を用いた体外循環による僧帽弁修復術:僧帽弁修復術は左側横臥位で行い、頸部、胸部および右側大腿部に切開を入れます。右側大腿部の切開は、血圧のモニターのためにカテーテルを鼓動静脈にそれぞれ留置するために行います。頸部の切開は、体外循環用のカニューレを挿入するために行い、頸動脈内に6–8 Frの送血カテーテルならびに頸静脈内に8–12 Frの脱血カテーテルを留置し部分体外循環を開始します。体外循環中は体温を25–28℃に維持します。胸部の切開は心内操作のために行います。定法に従い第5肋間で開胸し、心膜切開する。大動脈起始部に心臓保護液注入用カテーテルを留置し、心臓保護液としてミオテクター® 20 ml/kgを20分毎に注入して心停止させます。心停止後に左心房切開を行い僧帽弁の観察を行い中隔尖の腱索断裂の有無を確認します。僧帽弁弁輪部は、縫縮前に弁輪径の計測を行い、僧帽弁弁輪部をポリテトラフルオロエチレン縫合糸による連続縫合で縫縮します。僧帽弁の腱索は、壁側尖のM2付近と前乳頭筋にポリテトラフルオロエチレン縫合糸を使用して腱索を再建し、さらに中隔尖S1とS3付近にも同様に腱索の再建を行います 。
 僧帽弁閉鎖不全症の根治療法として僧帽弁形成術は有効な方法と考えます。しかし、完全に逆流が消失しない場合もあるので手術前に必ず説明するべき要点であります。僧帽弁形成術後に逆流が残存する原因として僧帽弁そのものの病変の程度、人工腱索の長さならびに弁輪縫縮後の適正弁輪径の調節の曖昧さと難しさが挙げられます。僧帽弁の病変は、中隔尖と壁側尖の弁尖の咬合を悪くする。病変部の切除による整合面の適正化も考慮されます。しかし、小型犬の小さな心臓の弁尖なだけに弁尖切除による有効弁面積の縮小がかえって不利結果をまねく可能性があるので実施していません。適正な人工腱索の長さは、僧帽弁弁輪の弁輪径と僧帽弁の病変を考慮して決定されます。このため、主観的判断に頼ることが多い。弁輪縫縮後の弁輪径は大動脈の径よりも大きく、拡張した左心室の弁輪径よりは小さくすることで上限と下限が規定されます。現在我々はその上限と下限の中間と中隔尖の面積を考慮に入れて弁輪径を規定することが多くなっております。
 心停止時間はおよそ90分程度であります。心拍再開後、経食道心臓超音波検査にて僧帽弁逆流の軽減を確認し、定法に従い閉胸します。
閉胸後は、体位変換を数回行い血圧が安定しているのを確認した後に、大腿動脈圧測定用カテーテルを抜去し、自発呼吸の再開を確認後覚醒させ、酸素室へ移動します。術後は、抗生剤および低分子ヘパリンを投与し、循環器薬を必要に応じて投与するが、多くの場合は休薬します。術後の回復が順調であれば術後1週間程度で退院させます。
 

術後検査所見

 術後1–3日は状態が不安定は症例もいるが、年齢が若い症例や心不全の程度が軽い症例においては術後すぐに回復し良好となることが多くなっております。手術1ヵ月後の検診では、一般状態の著明な改善が認められ、発咳、チアノーゼ等の症状も改善します。咳に関しては概ね頻度が減少するが、手術時の気管挿管の影響からか持続的に咳がみられることもあります。術後3ヵ月の聴診において、左側心尖部からの心雑音が軽減していることが多いです。X線検査において、心陰影は術前より縮小し、気管の挙上および肺水腫の改善が認められます。超音波検査では、僧帽弁逆流の著しい軽減と左心房径の縮小が確認されます。
 

術後のレントゲン写真

僧帽弁形成術前(左)と3ヵ月後(右)のレントゲン写真の比較では、術前でVHS:13vであったが、術後は11vに減少した。また、術前に観察された肺門部の肺水腫の所見も消失した。気管の挙上も改善されている。
 

術後の心エコー所見

僧帽弁形成術前(左)と3ヵ月後(右)の心エコー検査の比較では、術前の収縮期で僧帽弁の逸脱と逆流を認めたが、術後は逆流がわずかに認められるまでに改善した。また、収縮期の左室内径も縮小した。
 
 僧帽弁修復術後の回復は、年齢によって異なる印象を持つ。10歳以下の症例では術後すぐに食欲が回復し、その他合併症の徴候もほとんど認められないことが多く、退院までの日数も比較的短い。これに対して10歳以上の症例では食欲の回復までに数日を要することもあり、また、10歳以上の症例では、末梢の浮腫、血栓症、消化器症状などを示すことがあり退院までの日数が長くなることもある。したがって、10歳以下の症例ではほとんど問題なく術後を経過するが、10歳以上の症例ではかなり複雑な病態を示すこともある。このため、心臓外科の症例であるが、術後管理においては内科的総合力を問われることが多いと感じられる。この状況に対応するためには循環器の専門的知識だけでは対応できないことも出てくるので術後管理には総合的な内科力が必須の条件となる。循環器の内科・外科に加えて特に神経科、消化器科、腎泌尿器科、血液科は極めて重要な要素である。図に示す通り、手術前に心臓悪液質に陥り、削痩していた犬が数ヵ月後に見違えるほどの姿に変化することもある。
 僧帽弁修復術を行った後1年は、1、3、6、12ヵ月で検診を行い、その後は半年おきに検診を行い経過観察するようにしている。術後3ヵ月までの間は血栓症に伴う神経・運動器および他の臓器の異常がないか、また、術前からの併発疾患についてもかかりつけ医の協力を得て観察している。
 

3.まとめ

 現在のところ(2016年12月)、僧帽弁修復術の72時間生存率は94%であり、術後1花月の生存率は92%であります。術後の成績をよくするためには早めの外科治療介入を想定した内科治療が必要であり、僧帽弁修復術を広く認知してもらう必要があります。
 また、症例ごとに違う病変および病態を考慮しながら手術成績を向上させるためには多くの心臓手術経験が必要です。心臓外科には専門的なスタッフによるチーム編成が必要であり、さらに術後管理においては内科の総合力が問われます。さらに施設設備も必要十分に充実、そのような環境の中でチーム医療のシステムを確立する必要があります。心臓外科は華やかにみえますが、飼主の助けたいという熱い思いと犬の命をあずかる大変責任の重い手術であることに間違いはないと思っております。したがって、国内における全僧帽弁閉鎖不全症の犬の頭数から考えても国内に1ないし2箇所のセンター化された施設で対応することが望ましいと考えております。我々はこれらの条件を満たし、多くの要望に応えられるように日々研鑽を積んでいきたいと思います。

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