弁膜症を持つ犬が飛行機で渡航することの安全性について

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2023年4月8日
日本どうぶつ先進医療研究所株式会社
JASMINEどうぶつ総合医療センター

報道関係各位

弁膜症を持つ犬が飛行機で渡航することの安全性について

~手術のために日本へ渡航する弁膜症犬に関するアンケート調査でわかったこと~

研究のポイント

・海外に住む粘液腫様僧帽弁疾患を持つ犬が、僧帽弁の手術をするために日本へ飛行機で渡航する際の影響を調査しました。
・粘液腫様僧帽弁疾患の犬は、薬物療法で全身状態が安定していることを前提に、キャビン内で過ごせば大きな影響がない可能性があることがわかりました。

研究の背景

小型犬では、進行性の心臓弁膜症である粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)が多く発症します。
僧帽弁修復術(MVR)はMMVDの治療選択肢の一つですが、体外循環装置と専門チームを備えた施設は、世界的にもまだ限られています。
このため、MVRを受けるために海外に渡航しなければならない犬もいます。
航空機による移動は、心疾患を持つヒトにおいて好ましくない結果を引き起こす報告はありますが、MMVDの犬について言及したものはありません。
本研究では、MMVDの犬に対する国際線フライトのリスクとその影響を評価することを目的としました。

調査方法

2017年9月から2019年3月の間に、日本でMVRを受けるために海外航空便を利用したMMVDの犬を対象としました。
渡航時の生存率は、最初の離陸からMVR当日までの期間の生存をカウントしました。
飛行中の犬の状態や入国時の症状は、飼い主に実施したアンケートで得ました。
到着後の血液検査は、脱水、貧血、高窒素血症、全身性炎症の項目を評価しました。
胸部X線検査では心拡大と肺水腫の評価を行いました。
心エコー図検査では、心拡大について評価しました。各犬の術前臨床検査値は、飛行前に現地の獣医師から入手した最新の医療記録と比較しました。

研究結果

• 渡航症例の生存率と観察された症状

80頭の犬が研究対象となりました。飛行中は全犬がキャビン内にいました。
本国到着後、4頭の犬に心不全に関連する症状が見られました。3頭が肺水腫、1頭が左心房破裂と診断されました。
治療を受けた後、肺水腫の犬2頭は回復し、2頭は死亡し、渡航時の生存率は97.5%となりました。
呼吸困難について(図1)は、飛行前に症状があった犬は28.3%(13頭)で、これらの犬のうち、61.5%は渡航中も呼吸状態が安定していました。
また、4頭の犬は渡航中にのみ呼吸困難の増悪を示し、肺水腫を発症した1頭は到着後も症状が持続していました。
飛行前に呼吸状態が正常であった33頭のうち、渡航中にのみ呼吸困難が認められた犬は11頭(うち肺水腫1頭)、到着後に呼吸困難が持続した犬は5頭(うち肺水腫2頭)でした。

図1. 渡航中の呼吸困難。半数以上の犬で、旅行前の呼吸状態の異常に関わらず、安定した呼吸状態で旅行することが可能であった。一方、約半数は、移動による呼吸状態の変化があったことが疑われた。特筆すべきは、到着時に心不全徴候を示した犬には飛行中に呼吸困難の発生または増悪が見られたことである。

• 手術生存率および入院期間

本研究の80頭の犬のうち、実際にMVRを受けた75頭のうち3頭は術後に死亡し、手術生存率は96%でした。
一方、本施設の同じ研究期間中の国内飼育犬629頭における手術生存率は94.3%でした。
平均入院期間は海外犬で7.3日、国内犬で7.2日でした。

• 飛行前・飛行後の検査結果

MMVDを発症した犬のフライトにおける危険因子を探索するために、飛行前後の検査結果を比較しました。
本研究で比較に使用できたカルテは10頭分で、これらの犬において飛行中に観察された症状が、臨床検査と深く関連する傾向は認められませんでした。

考察

⼼臓弁膜症などの⼼疾患歴があるヒトでは、⾶⾏中の呼吸器症状のリスクが報告されています。
本研究でも飛行中の呼吸困難の発症または増悪が、到着後に⼼不全徴候を示した4頭だけでなく、一部の他の⽝でも観察されました。
機内の⽝の状態はそれぞれの飼い主の主観的な判断によるもので、過⼤評価や⾒落としの可能性もあります。
ですが、本研究結果は、MMVDの⽝を海外で手術する際の渡航時のリスクを、飼い主が把握するための有益な情報となったと考えます。
到着後に死亡した4頭のうち2頭は、フライト中に⼼臓病薬の投薬がなされていませんでした。
内服の継続はMMVDの治療管理に重要で、投薬が遵守されなければ死亡するリスクは⾼まる可能性があります。
MVRを受けた⽝の帰国時の状態は任意報告でしたが、帰国までに死亡したという報告は受けていません。
海外でのMVRを決断した飼い主は、搭乗前の期間に現地の獣医師に⽝の状態について確認し、旅⾏中は投薬プロトコルを守り、機内での臨床徴候に注意し、愛⽝に進⾏性の症状が出た場合に備えて到着後すぐに来院することが強く推奨されます。
また、MMVDを発症した⽝とより安全に渡航するためには、さらなる分析が必要と考えます。

まとめ

MMVD ⽝はフライトに対して⼀定のリスクがあるものの、大部分の犬がキャビンでのフライトが許容できる可能性が示されました。MVRを海外で受ける場合は、心不全のリスクの把握と投薬指示の厳守、キャビン内での搭乗での渡航が推奨されます。

発表論文

  • 雑誌名: Nature, Scientific Reports
  • 原題: A survey on dogs with valvular disease flying to Japan for operation
  • 和訳: 手術のために日本へ渡航する弁膜症犬に関するアンケート調査
  • 著者名: Arane Takahashi, Sayaka Takeuchi, Ayaka Chen and Masami Uechi
  • DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-29476-1
  • URL: https://www.nature.com/articles/s41598-023-29476-1

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本研究に関するお問い合わせ先
日本どうぶつ先進医療研究所株式会社 JASMINEどうぶつ総合医療センター
センター長 上地 正実
E-mail:uechi.masami@jasmine-vet.co.jp